3.人体の気について
人体を機能させている気については、諸説あります。古文献でも現代の東洋医学の文献でもです。
一応、ここでは気を人体の生理機能の事、もしくは生理機能を発現し維持するために必要な「何か」としておきましょう。
色んな説の比較する事を試みましたが、力及ばぬことが分かったので、理論としては一番整っている(それでも説が複数あります。)現代の中医学ではどうなっているかを紹介します。体をめぐる大本の「気」として二つ名前が出てきます。
1つは元気(原気)もう一つは宗気です。あと、真気というのもあります。真気は『黄帝内経』に出てくる由緒正しい概念なのですが、複数の成書で「元気、原気と同じ」と書かれています。ううむ。
元気:腎に貯蔵されている先天の精1)が変化したもの、先天の精は水穀の精微2)により養われ補充される。三焦3)や経脈4)をとおして全身をめぐり、生命活動の原動力となる。僕は、鍼灸の古典『難経』で使われている原気の呼び名の方が好きですね。
宗気:水穀の精微が肺にて清気と交わってできる全身をめぐる気のおおもと4)。様々な名称の気になる。5)
どうして大本の気が2つ設定されているのか?この2者の機能系は別々にあるのかと以前からかなり疑問になっていてもやもやしていました。それに宗気から分れた気についても大本が同じと言いながら構成要素が違うなどもやもやするのもばからしくなり、古代人いい加減説を唱えたくなったり、二つを統合させたモデルを作ったりしていたのですが、これについては(つい)最近改めました。
生物学において、生命活動に使用される最終的なエネルギー源、生命のエネルギー通貨がアデノシン三リン酸(ATP)であると分かって半世紀以上経っています。
このATPは、主にブドウ糖、脂肪酸、アミノ酸という材料から作ることができます。ATPの生産方法にも酸素がいらない解糖系、酸素を使うクエン酸回路・電子伝達系があります。
ひょっとして古代人、生体の観察から生命のエネルギーの製造元と生産の仕方が異なることを直感的に得て、何とか説明しようとして東洋医学の気の生成の説明が出来たのではないか?と思えてきました。実際、臨床の説明では、分けて使われるのも何か理由があると考えられます。東洋医学を作った古代中国の聖人らは非常に聡明な人達だったのじゃないかと思います。
生命力の原動力である気が、ATP分解により得られるエネルギーとすると現代人からするとだいぶすっきりする感じですが、なかなかそうは行きません。
気は三焦や経脈なる目に見えない通路を流れてるとなっています。見えない通路にいったい何が流れてるのか?めんどくさい事に、経脈を流れない気、体表をめぐる衛気なる気も設定されています。
という事で、もやもやは次回も続きます。
1)両親から受け継いだ生命力の基
2)飲食物から得られた精の材料
3)現代医学には無い器官、東洋医学でも「名ありて形無し」と言われていて三焦が何かについては未だ議論されている。
4)経脈は臓腑(内臓)から気血をめぐらし、体表、組織、器官を栄養し、機能させ、さらに臓腑間の機能調節までしているという機能系、システムです。現代医学の血管系と神経系を合わせたような概念で、実態としてははっきりしていません。もやもやしています。
5)機能別に名前がついています。衛気、営気、心気、肝気、腎気などなど。