東洋医学では病気の治療に対して、どこを優先して治療するかを考えるときに、「本と標」という概念を重要視しています。
「本」とは病の本体、原因を「標」は病気の症状を示しています。治療順番の原則があって「急なればその標を治し、緩なればその本を治す。」と言われています。症状が強い場合は「標」(対症療法)を、症状が落ち着いたら「本」を治療しましょうという意味です。
肩こりですと、凝っている肩甲挙筋に鍼治療をすると緊張している筋が緩み、血流が良くなって症状が改善します。筋以外に原因の本体がある場合、長持ちせずにまた症状が出てきます。筋を直接ねらった鍼治療は「標」の治療となるので原因を治す「本」が必要となるという事です。
この「本」の治療では「五臓」(現在の内臓の概念とは異なります。)の治療を大事にしています。東洋医学では体の生命機能を維持している「五臓六腑」から「経脈」がという経路がでていて体表とつながっているとしています。そして体表の器官の機能を維持し調節して、臓腑の失調は体表に表れる、だから臓腑の治療が大事であると考えています。人の体を木に例えると、内臓のある体幹が「幹」で手足が「枝葉」となります。「幹」の異常によって「枝葉」の異常が出てきた場合、最終的には「幹」の治療が必要ということです。「経脈」があるか否かはおいて、長年の観察から体の中の異常が体表の症状として表れる、関連している。という直感と治療経験から、症状部位の治療だけで治らないものがあるという説が出てきたのだと思います。「五臓六腑」と「経脈」については、別の機会にお話をさせてください。
「本」の治療が大事なのですが、鍼灸師はしばしばこのことに悩まされます。どういう事かというと患者さんが鍼灸院を来院する目的の多くは、症状である「標」の治療だからです・・・。(東洋医学側からの)理想的に治療原則に従えば、病の状態に応じて「標」または「本」に絞って治療するのが正しいのですが・・・。正しいとされる方法を選択すると、しばしば患者さんの満足度をさげてしまいます。「症状はすぐに変化しないかもしれないけれど治療が必要な症状部位から離れたツボがあって、そこだけに治療を絞る事が効果を最大に生かせる・・・」、「今は症状の軽減に治療を絞って、臓腑の本格治療は後かな・・・」とかやりますと、患者さん側からは「痛いのはそこじゃないのだけれど…」とか「治療カ所はそこだけ?」とかなってしまうわけです。
「標」と「本」の両方を治療すればよいではないかという意見もありますが、なかなか簡単にはいかないのです。治療カ所を増やすと、効きが悪くなったり、ひどく疲れたり、かえって悪くなったりすることがあるからです。血流の例えが分かりやすいかもしれません。鍼灸をして血流が良くなった場所で増えた血は、どこかで減った分が来ているのです。鍼灸をして急に血液が増えるわけではありませんのでたくさんやるわけには・・・。しかし、患者さんの訴えを聞き流すわけにもいきませんし、悩む悩む悩みます。
患者様には、治療をする時に鍼灸師が「標と本」、「対症療法と原因治療」のバランス加減について悩んでいることを知っていただければ嬉しいです。そして症状がましになったらその症状が起こってしまった原因に対する治療、「本」に重点を置いた治療を受けることを考えていただけたらと思います。